国宝薬師寺展を見てきた。
吉祥天女など貴重な国宝が間近で見られるのは勿論のこと
奈良から来たお坊さんのユーモアかつ立て板に水の如き分かりやすい解説に、つい仏の世界に引き込まれそうになった。

彼の解説の中にこんな話があった。
観音とは、読んで字の如し「世の中や周りの音を観る」ことである。
音なのに「観る」とはどういうことかといえば
それは「心の眼で観る」ことなのだと。
なるほど・・・心眼ってやつですかね。

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一通り見終えたあと、近くの喫茶店に入った。
何気なく手に取った地元情報誌の紙面に、思わず目を奪われた。

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どうやらこの情報誌の、マスコットキャラみたいである。
しかし・・・

なんて視界の恐ろしく悪そうな着ぐるみなんだ!!

ラーメン屋かどこかわからないが、このショットを撮るだけでも相当苦労したのではないか。

このキャラクター、調べてみると真夏の炎天下にひまわり畑に出向いたり
駅前でチラシ配りしたり、かなり無茶をしている。
まともに動けているのだろうか・・・
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似たような心配をしてしまうキャラに、もう一つ「ホイップるん」というのがある。
こちらは生で見たことがあるが、点の様な、しかも離れた目と
細いスリットの様な口
これ以外に、視界として確保してあるようなところはなさそうなのだが・・・

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実際、どうも中の人によっては、かなり周りに補助を受けながら徘徊してたりもしてたが
あるとき、恐らくプロが入ったのでしょう、全くそれを感じさせない、キレのある動きをしていたこともあった。
自分も少ないながら経験があるけど
視界の悪すぎる着ぐるみってほんと厄介でもどかしく、仮にある程度動き方の考えが頭の中にあったとしても
何かに干渉しないかとか、誰かにぶつからないかとか、そもそも自分の立ち位置の把握が瞬時に出来ない不安で、
どうしても動きが保守的か不審なのになってしまい、ほんともどかしい。
よっぽど車幅間隔や空間把握が頭の中に叩き込まれていないと、自由に動き回るのはほんと無理!


では、あのアグレッシブにホイップるんを操った、中の人は、どうそれを克服したのか?

きっと心の眼で見る、そう、まさに観音の境地に至ったお方に違いない!
やはり着ぐるみ道とは、心眼、つまり悟りの境地にいかないと、ハイレベルなパフォーマンスには至らないのだ・・・


でもこういう劣悪な視界こそ、「ザ・着ぐるみ」だよね^^;
「見にくくなければ、着ぐるみじゃない」
そして着ぐるみ道とは、仏の道にも通じる・・・
うーん、奥が深いなあ。

こんな着ぐるみで、僕も前が全然見えない中、真夏の人ごみをかきわけてみたい・・・
関係者の皆様、いかがでしょうか、ギャラは一切不要です。
(見てねえか、こんなとこ)