SA'S in my own write

着ぐるみ・ゼンタイ大好きな人集まれ~(闘莉王)、誰も知らない(興味のない)ディープな切り口で、読者の皆さんを置いてけぼり♪ チャットもあります。よかったら遊びに来てね♪ http://sasinmyownwrite.chatx.whocares.jp/ 問合せ先はこちらまで sakigurumi@gmail.com

2004年05月

マスク・オフ

a06mvuwk.JPGちょっと最近ご無沙汰気味のSAです。
今週は毎日の様に飲んだくれてしまって、夜中おりませんでして^^;;;


さて、惰性で明日のゼンタイを提案する弊サイト、「ゼンタイウーマン」ですが、今回画像を追加した中にはいわゆる中の人のマスクオフ状態のが含まれて居ます。

まあ中がうちの嫁はんなんであれなんですが(^^;)、着ぐるみにしろゼンタイにしろ、この頭部だけを取った状態の画像の、ファンの多さといったら某所のマスかきじゃなくてお絵かきBBSなんか見てても明白。もちのろん僕もそんな一人です。

ただ、これも難しいところで、じゃあ最初から着ぐるみの胴体だけを着て、頭を脇に抱えてればいいといったらそういうわけじゃない。やはり何らかの形で「被っていたものを脱ぐ」というこの行程が確認されてこそ、マスクオフの価値が出てくるわけで、この辺が微妙な乙女心ならぬ着ぐるみフェチ心。

こういった連続性の中に萌えの要素があるものを、静止画で再現させようと思うのは、非常に難しいように思います。

マスクオフの真髄はマスクを脱ぐ前でも脱いだ後でもなく、その脱いで「着ぐるみ個体から一人の女の子になっていく瞬間」にあるわけで、僕なんかが偶然それを目撃する幸運に恵まれた時、なんだか連写モードの様にシャッターをおしまくってしまい、それでも満足のいく結果が残せないのは多分そこにあるのだろうと。


あと、これまで何度かやったオフ会を通して思ったんですが、おそらく、最も萌える演出というのは、女性陣には先に会場入りしてもらい、先に着ぐるみに変身していただきます。男性陣が到着する頃には、既に着ぐるみがお出迎えて居て、しかも喋れないから中に誰が入ってるかわからないと。で、散々デパートのキャラショーではやってくれないようなあんなことこんなことをしてもらった挙句、最後にマスクを取ってもらう。「はあー中にこんな子が入ってたんですかー。しかも汗だくで・・・」どうすか、このシチュエーション。

はじめから知ってる人が着ぐるみを着こんで、着た姿をめでるよりも、シチュエーション的には興奮のるつぼだと思うのですがどうでしょうか?

着ぐるみファンのジレンマ

ehg1cslt.JPG例えば、

目の前にウルトラの母の着ぐるみが居たとする。

中身が女性だと、とても興奮するが
なんだか切なくなる

中身が男性だと、ちょっぴりがっかりするが
一方で羨ましくなる


着ぐるみの中の女性に欲情する者の、消えることのないジレンマが、ここにある。


着ぐるみの中に入らされている女性を見て、その姿にそそられても、自分自身がそういう存在になることは、決してない。

何故なら、自分は着ぐるみに入ればただのむさくるしい男だから。

それでも、僕は彼女に自分の姿を投影させ、着ぐるみに入りたいという欲求を膨らませる。

でも着ぐるみに入った僕は、やっぱりただのむさくるしい「着ぐるみの中の男」である。


じゃあ、自分が仮に女になったら

僕は女になった自分自身に欲情できるのだろうか。

僕は、着ぐるみの中に閉じ込められた女である自分に、興奮するのか。


女とは似ても似つかない、自分の身体が、着ぐるみに閉じ込められて
本当の女性がそうされているのと同じような興奮を得ようとする。

でも、自分自体が、そんな女性の様なそそる存在になることは、有り得ない。


女性の着ぐるみ姿に萌えながら、それを自分が体験できないもどかしさ。


それでも、そんなジレンマを抱えながら、僕は明日も着ぐるみを追いかける・・

首なし女フェチ

wr9noqgf.JPG世の中には色んなフェチがいるもので、とある方から、首なし女フェチのサイトで、うちの画像が勝手に加工されて掲載されてるとの情報を得た。

それがこの画像なんですが、これ、明らかにうちのこの画像が元ネタのはず。

しかしなんで「首なしフェチ」の方がうちのサイトを知ってて、そしてうちの画像をお選びになったのか・・・

サイトを覗くと、並み居るセレブがことごとく「首なし」にされてる中で、うちのカミさんが、しかもラブホで、しかもインディオで買ってきた安モンの服で^^^;、そんなセレブ達に並んでおわします姿は、光栄というか恐縮というか・・・

しかしこれ、よく出来てるなあ・・・

東京三菱よ、2千円札で出すな!

僕は東京三菱銀行に口座を持っているのだが一つだけ気に入らないことがある。

いや、実際は一つだけじゃないのだが。

キャッシュディスペンサーでお金を下ろす際、「2千円札」で出してくる事だ。

せこい話で恐縮だが、僕は万札が出てくるのを嫌って、ワザと○9,000円という単位で引落す。

勿論、「1000円札」狙いだ。

ところが、その目論見を踏みにじるかの様に、キャッシュディスペンサーから非情にも出てくるのは、見慣れない紫式部が描かれたピン札の2000円札4枚と、1000円札1枚なのだ。

なんだかこれで出されると、「この貧乏人が!そういうセコいことをするやつはオレ様の銀行なんか似合わないんだよバーカ!」と、キャッシュディスペンサーがあざ笑っているかの様な錯覚にとらわれ、甚だ不快だ。

思わず「嗚呼、空が青いから、泣きたい気持ちになる…」と、ついつぶやきたくなる。


周囲の相当の反対を押し切って、某首相が無理矢理こしらえたこの2000円札であるが、はっきり言って僕は、他の兌換券に比べ額面どおりの価値がないんじゃないかと思う。

だって、未だ巷には、この2000円札に対応していない自販機の類が横行しているではないか。

街で買物するとき、2000円札を出すと、一瞬レジのおばさんの手が止まり、「あ、あー2000円札か、一瞬ニセ札かとオモター」みたいなミョーな間が空くこともしばしば。この精神的苦痛を味わった代償を、政府はどう補償してくれるのか。

2000円札を出す度に「いや子供銀行券じゃないんですよ、これ。覚えてるでしょ、前に話題になったじゃないですか、エヘヘヘ…」といちいち口に出さずも釈明したくなっちゃう様なこの精神的負担と、今尚多くの巷の自販機に認識されていないという物理的ハンディを加味するに、同じ2000円でも、1000円札二枚と2000円札一枚は、同等の価値とは言えないと僕は思う。

使い勝手から言えば、1500円相当と2000円札1枚を兌換してもいいんじゃないか。

ところで驚いた事に、社会生活の場で滅多にお目にかからないこの2000円札であるが、流通量は03年現在で5000円札のそれと殆ど変わらないそうである。(ここ参照)。之は何を意味しているか?つまり、札は作るだけ作っておいて、殆ど死蔵状態になっている分が多いんだろう。今更言っても仕方ないのだが、こういうものは、必要とされるものを作るべきであって、作ってから社会が適応しなければならないようであってはいかんのではないかと思うのだが…

(なんか、給料を一部2000円札で現金支給されてる例もあるみたいですね。)


ちなみにこれ、ひょっとして東京三菱に限っての事じゃないんですかね?東京三菱も、店舗に併設されたキャッシュコーナーではちゃんと1000円札で出されるどころか、9000円刻みにしなくても両替して引き出せるんですけどね。(ただすげえ混んでるんだよなァ…)

ケコーン式

363k1uo1.JPG約3年ぶりに結婚式に参列してきました。

新婦がどえらい可愛い人だった。そしてその友人や同僚の女性もみんなスリムで可愛い子ばっかりだった。
僕もこの会社に転職したくなったよ(笑)。

タイツ脚、素肌の肩、スリットのきついチャイナドレス、美味しい料理とともに堪能させていただきました。

この子達が全員ゼンタイを着て参列したら、綺麗だろうなあ・・・

例えばPFCで知り合ったカップルがもし結婚したら、参列者全員がゼンタイ姿の「ゼンタイ結婚式」なんてのも面白いんじゃないでしょうか?

聖歌隊もゼンタイごし(歌声こもり気味)
牧師もゼンタイ(愛しなさ~い、そして被りなさ~い)
チャペルに向うゼンタイカップルに、フラワーシャワーならぬ、ライクラ生地の破片でつくったライクラシャワーを浴びせる。
キャンドルサービスは安全上の問題から中止
夫婦初の共同作業は、重ね着さいたゼンタイを、お互い脱がしあうというもの。
友人代表出し物は、ユリアンと母とベスの特別ショー。

二次会もドレスコードは着ぐるみかゼンタイで。

バージンロードを歩く花嫁衣裳のゼンタイなんて、一度見てみたいものです。
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